『ロッキー・ホラー・ショー』

『ロッキー・ホラー・ショー』
原題:The Rocky Horror Picture Show
1975年 イギリス・アメリカ合作 100分
監督:ジム・シャーマン

 

トリック・オア・トリート!
というわけでロッキー・ホラー・ショーです。
実は私、この映画の仮装をして映画館で踊っていた時期があります。(笑)
「(笑)」とはつけたものの、黒歴史とは思ってないですね、楽しかったですよ、本当に。
それほどに、ハマる人にはハマる映画だと思います。

 

ごく普通の、奥手でウブで、でも興味は年齢なりにしっかりあるブラッドとジャネットというカップルが、友人の結婚式をきっかけに自分たちの婚約も成り、雨の中、恩師のところへ報告に向かうが、車のタイヤがパンクしてしまい、電話を借りに入った屋敷は普通ではなく…という、お話の、ロックミュージカルの舞台がオリジナルの映画。

 

上映され始めた頃、あまりにも退屈な映画なので、シーンごとにツッコミというかヤジというか、ともかくやかましく観るのが定番となったそうです。
ちなみに世界で一番ロングラン上映されている映画だったはずです。
途切れず上映されるということは、常に新しいファンがついていることですね。私もその中の1人だったということです。
25周年のDVDのボックスのキャストインタビューの中で、例えられている表現を使うと、それは“はしか”のようなもので、ある種の人たちにとってこの映画への熱狂は必ず通る道なのだということが言われていましたが、その通りだと思います。
そのはしかの後遺症を残した人も私を含めたくさんいますが、そのくらいに心の琴線に触れる人には強く触れる映画です。
何度も「~な人には~です」という表現を使ってしまいますが、ここが人種の分かれ目になるくらい“何かしら”の目安になるものだと思います。

 

内容ですが、風変わりな青春映画のようであり、お約束のあるギャグもたっぷり交えつつ、哲学的であり、倫理観、宗教的なメッセージは含まないように制作時に言われたそうなんですが、やはりメッセージ性なんかも感じますね。

 

まず屋敷でブラッドとジャネットを迎え入れるのは不気味なせむしの男リフ・ラフに、これまた不気味なメイドのマジェンタ。
この時点で二人は既にひいてるのだけど、まるでアリ地獄のように屋敷で行われている主人を祝うためのパーティに参加させられる。
パーティでの曲ははサイケデリックな装いでみんなが踊るThe Time Warp!狂気と衝動を讃える歌かなと思います。
これね、まずは左へジャンプ、そして右へステップ、腰に手を添えて膝をぴったり閉じて、つきだしたらクレイジー♪
ダンスはストーリーテラーが詳しく教えてくださるのでご心配なく。
この曲が終わると、後ろからエレベーターが降りてきてこの屋敷の主人フランクンフルターが登場!

 

この主人や住人はじつはトランシルヴァニア星からきた宇宙人だった!
しかも禁断の人造人間の実験を行なっていたのである。この人造人間がロッキー。
しかしこのロッキー、外見はフランクにとって最高のものだが、生まれたばかりで何も知らない子供も同然なのである。

 

訳の分からぬまま、夜、別々の部屋に通されたブラッドとジャネットはバイセクシュアルのフランクによってそれぞれヴァージンを奪われ…といっても無理やりではなく、二人共どこか乗り気。
見られているのも知らずになんということでしょう~。

 

色々盛り込まれていてごちゃごちゃなのですが、犬をけしかけられて逃亡したロッキーを覚えたての快楽で癒す、意外と好き者だったジャネットや、ここに囚われていた甥のエディを探しにブラッドとジャネットの恩師Dr.スコットが訪れてきたり、人肉食のディナーに、セクシーであけすけなフロアショーに、裏切られたフランクが、その悲しみから事の経緯を弁明する曲が始まっちゃって、最後はああーーーというような…。

 

そんなストーリーがロックにのせて不条理ながらも軽快にすすんでゆきます。
その感覚はと言えば、使用したことはないけれど、ドラッグを飲んだような感覚といえば良いのでしょうか?
Don’t dream it. Be it(夢になりなさい)という言葉がすごく印象的です。みんな心の底に理想や妄想を抱えているんですよね、すべてを解き放ち、その理想になるのか、自分を飼い慣らし押さえるのか。
犯罪行為はもちろん解き放っちゃだめですよ、ただ、この映画を見ることでそんな自分の表には出せないけれど秘めた内面を理解して、自分の心の中で肯定してあげるのは大切かなと思います。

 

最後に夢から覚めたブラッドとジャネットの歌とストーリーテラーのお話が締めてくれるのですが、そこがすごく好きです。
それから、全部見終えたあとに歌詞を少々変えた再度かかるオープニングの曲が流れますが、オープニングの時点でほぼ説明されています(笑)

 

以上、『ロッキー・ホラー・ショー』についてでした。

『引き裂かれた女』

『引き裂かれた女』

原題:La fille coupèe en deux

2007年 フランス 115分

監督:クロード・シャブロル

 

ケーブルテレビ局でお天気キャスターをしているガブリエル・ドネージュ。見た目も魅力的で、天真爛漫であったが、サン・ドニという作家や、ポールといういわゆる七光りの実業家との出会いと、その二人との関係によって彼女のすべてが壊れてゆくお話。

 

作家のサン・ドニは本名をシャルル・ドニといい、快楽主義者であり、妻を持ちながら、また妻に不満があるでもなく、ただただいろんな女を囲う遊び人。

一方ポールは、一途といえば一途だが、育ちによるものか、欲しいものは何でも手に入れなければ気が済まない、一括りでは言えないが、多くの人が想像に容易い成り上がりのお坊ちゃん。

 

この二人に言い寄られるガブリエルだが、ポールとは友達でいたいため、結果、思わせぶりになってしまい、シャルルに対しては父性やその体験に伴って成熟しているように見える物腰に惹かれ、のめり込むが、ある時を境に部屋の鍵も変えられ、結局捨てられてしまう。

落ち込みの激しいガブリエルに見かねて、ポールと出かけるように母親に促される。

あくまで友達でいたいというガブリエルにいよいよ激高したポールに怯え、結婚を了承してしまうのだが、結婚生活、主に性生活の中にちらつくシャルルの痕跡に嫉妬してポールはさらに怒り、関係はぎくしゃくしたものとなる。

 

といった具合に、出会いとタイミングがすべて悪かったなとつくづく感じる作品でした。

それにしてもシャルルのような男はなぜ放っておいてはくれず、自分は離婚はしないがポールとの結婚については早まるなと忠告しに来たりするのかと、嫌な気持ちになりました。

ガブリエルは本当に平凡で嫌みのない女性なのに、まるで、土足でドカドカと踏まれ汚されてゆく雪(ネージュ)を見るような気持ちでした。

また、そんな彼女だからこそ、身も心も汚されたとは思わず、自分を追い込んでしまうのがつらい。

結末は衝撃にて静かな悲しみで淡々とすべてが終わるのですが、長い一日の中のほんのちょっと歯車の狂った一瞬として振り返らずにゆくしかないわけで、でも、その一瞬はそうそう忘れることも出来ない瞬間で、大人になるってこういうことをやり過ごすことの繰り返しなのかなと寂しい気持ちになりました。

 

この物語の中のガブリエルという役柄は、感情をぶつけるシーンがあるわけでもなく、発狂しちゃうわけでもなく、演技のさじ加減というか、表情なんか難しいと思うのですが、最後まで違和感なく引っ張られるので、結構、気にしてみると女優さんにも感動します。

 

最後、ガブリエルは、叔父のやっかいになりお手伝いをすることになり、本当に原題の通り真っ二つに引き裂かれます。

 

以上、『引き裂かれた女』についてでした。